★(450) 私は会社のためにカネを稼ぐ側だ、荷物になっている連中といっしょにされるのは耐え難い!・・I'm part of the creative. I bring in the money, and I'm not gonna put myself in the same category with them!
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  • (2020-06-11 11:44:19)

I'm part of the creative. I bring in the money, and I'm not gonna put myself in the same category with them!

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ここからしばらくレイ・クロックの若い頃の話。

著作では子供の頃の話から、いろいろなエピソードが続く。

印象深かったエピソードがいくつかあった。

占い。レイの父親が占い師に幼いレイを将来を占ってもらうと食品関連で大きな仕事を成すとでたこと。

ピアノが得意で、ピアニストになりたかったこと。

第一次世界大戦で、志願兵としてヨーロッパ戦線行きを志願したこと、ただし、実現していない。同じ隊にウォルト・ディズニーがいたこと。

1920年代の米国は禁酒法の時代。

1929年にはあの悪名高い「The great Crash」が起こり、その後、世界は10年くらい不況のどん底に陥る。レイ・クロックの父親は不動産投資に失敗し自殺する。

しかし、レイのビジネスは堅調だった。一つには食品は不況の影響を受けにくいこと。それは現代でも同じ。

当時、レイは紙カップのビジネスマンとして辣腕を振るっていた。

彼自身、こう書いている:

America had become an ice cream society in the last years of the Twenties, thanks in large part to Prohibition.


減給に対する怒り


禁酒法のおかげで、ホテルもバーもアイスクリームを出すようになって、紙カップも相当伸びたと推測される。

しかし、レイの会社でも一律に「a ten percent pay cut」が実施される。そのとき、上司に対するレイの反論が性格を物語る:

Unacceptable. This is unacceptable, that I be put on the same basis with some of the people who are cost problems to the corporation. Those people - you know who they are - they're part of the overhead in this company. I'm part of the creative. I bring in the money, and I'm not gonna put myself in the same category with them!

会社のトップセールスマンとしての誇りと自信。骨の髄まで営業マンだった姿が印象的。


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