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PCショップは、経営やっていけるのかな?
  • (2021-06-20 16:37:59)
街を歩いていたら「ゲーミングPC」というポスターを掲げたPCショップを見て感じたこと。


もはやショップの棚に並んでいないPC


ちょっと古い記憶を思い出した。新しいPCがほしくて、PCショップに立ち寄ったのは、一番最近で5年くらい前、秋葉原の専門店と家電量販店だった。

そのときすでに、量販店には、PCはあまり置いてなかった。スマホやタブレットに棚を追われていた。専門店では、ゲーミングPCしか置いてなかった。


ゲーミングPC


ボクの中では、PCとは「PC」であって「ゲーミングPC」というコトバはなかったが、専門店では、そう呼んでいた。

見当は付くが、店員さんに「ゲーミングPCってなに?」と聞いたら、高性能のPCだそうで、私が探しているPCは「ビジネスPC」だそうである。


インテルのビジネスモデル


インテルは、excelやブラウザだけでは、もはやCPUの力は過剰であることを2000年代初等には感じていて、CPUパワーをムダに消耗してくれるコンテンツやアプリを探していたと思う。

そういうコンテンツがあれば、それまで通りCPUのパワーを段階的に上げることで、新しい買い換えを促し、ビジネスを永続的に継続できると考えていたのではないか?


成功体験のワナ


ベンチャー企業をどん欲に買収していた理由もそこにあると思う。今から思えば、彼らは自分たちが歩んできた強烈な成功体験から抜け出せなかった印象を受ける。

これも「今から思えば」の話だが、本当はこのときからスマホなどのCPUへ軸足を移動するべき岐路だったかもしれない。

2000年代初頭、IBMがPC部門を中国企業に売却した事件は、PCの将来性をすでに見通していた人々がいたことを物語るが、インテルは成功体験ゆえに遅れを取ったのかもしれない。遅れすぎて、今では参入の気配さえない。


PCが高価だった頃のビジネスモデル


上で書いた秋葉原のPCショップでは、ビジネスPCは「ネットで注文できますよ」とアドバイスされた。もはや店頭に並べるだけの価値がないデバイスとなっていた。

PCが普及しはじめた1980年代、PCは100万円の時代、周辺装置まで含めると車が買える値段だったが、90年代は20万円となり、2000年台は10万、現在は、5万~10万といったところか。

PCが100万だった頃、手が出せないだけに憧れも強かった。台湾製のパーツを買ってくれば、10万でも20万でも節約できた頃が、PCショップの全盛かもしれない。


eスポーツ戦略


今となっては、ビジネスPCは、店頭に並べても場所をとるだけで、利益が出せない商品、店員さんのコストも捻出できないだろう。

今日、街を歩いていたら「ゲーミングPC」というポスターを貼りだしたPCショップが目に飛び込んだ。経営できるのかな、と心配になった。

ビジネスPCがコモディティになったように、ゲーミングPCもそうなる予感。インテルは「eスポーツ」に運命を託している印象である。

肉体の運動とはあまり関係がなさそう。椅子に座りっぱなしでカラダを動かさないので、スポーツの逆のイメージ、むしろ不健康に見えるが、それを「スポーツ」と呼ぶところに、彼らのマーケティングと戦略を感じる。

どちらにしたって、街のPCショップに需要が戻るとは思えない。むしろ、「eスポーツ道場」や「eスポーツカフェ」の方が、安定的に集客できる気がする。


パソコン教室経営は、破滅モデルに見える


もしパーツを売り続けるなら、むしろ、80年代に全盛だったNEC98シリーズの中古部品など希少なパーツの方が、よほど価値がある時代である(とはいえ、これも先細り市場ではあるが)。

希少な商材なら、付加価値が付くが、普及型のPC本体やパーツだと価格は底なしに落ちてきている。だから、PC教室のようなサービスによる収益化に向かうことになるが、これは破滅への道。

労働集約型サービスは厳しい時代であり、需要がありそうなシニア世代を狙うと先細りとなる。デジタルネイティブ世代では、現状のパソコン教室が提供できるサービスと、デジタル世代の需要とではミスマッチが激しい。

1990年代まで、PCショップにはわくわくする楽しさがあったが、時代は変わった。

本屋さんも苦しいと思うが、PCショップも苦しい時代である。



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