哀れな「というわけで、とにかく・・・」という脱線リスク(1)
category:
web-writing
- (2011-02-09 06:13:00)
最終的な結論は一個に絞る
人は言い始めるといろいろ言いたいことがあるもの。言いたいことを積み上げていると自分自身さえも「当初主張したかったこと」自体を見失う。また他人のスピーチやセミナーを聞いていてもプロの話し手さえよく陥る現象。一方、聞き手・読み手はいろいろ言われることが嫌い。結論が複数あるとわかりにくいし関心も低下する。
脳は複数の結論や結論が今ひとつはっきりしない記事や話に対して無意識のうちに集中力を低下させるようできている。そうなると結論が与えるインパクトや印象・効果も弱い。記事の信頼性も落ちる。
つまり記事もスピーチも価値を自ら低下させることになる。クズな記事ということだ(ただし記事ならまだしもSEO的に意味がある。しかしスピーチなら自分ブランドの価値を低下させた以外意味はない)。言っている本人はグルグル、聞いている相手ももはや「心の扉を閉じて」聞き流す状態になっている。
「心の扉」が閉じられないように
ここは欲を出さずに、ターゲットを非常に狭く絞り込んでバシッと1発、単文言い切り型の結論を設定する。記事全体はその非常に狭く絞り込まれたターゲットに至る根拠にすべき。しかも流れるように「リズム感」をつけた展開が心地よい。
なぜ結論は迷宮入りするのか?
2点の事実に起因しているのではないか。(1)記事を書き始める前、話始める前の最終結論の設定に失敗している事実 (2)書き始めて思いつく内容、話し始めて思いつく内容のコントロールに失敗している事実