SEO対策のおわり#1
2012/01/21 小平探検隊

<過去10年間のSEO風景>


雨後のタケノコだった10年前のSEO業界


インターネットでビジネスを行うには、検索エンジンの上位表示がポイントとなる。何のキーワードで上位になるかという問題はECサイト運営者には大きなテーマだった。

SEOとは、検索結果で上位表示させるためのテクニック。ノウハウがあるためそれを専門とするコンサル会社が雨後のタケノコのように生まれ、SEO業界というちょっとしたマーケットセグメントができあがった。

大手のSEO対策コンサル会社といえば、アウンコンサルティング・アユダンテ・アイレップ・フルスピードさんあたりだろうか。しかし、その気になれば、パソコン一つでできるビジネスだけに参入障害は低く、現在では無数のSEO対策会社で溢れる感じだ。


意外と小さなSEO市場


さぞ大きな市場に成長したのではと検索してみるとアウンコンサルティング社の発表があった。それによれば日本のSEO市場は200億円程度とのこと。

「アウンコンサルティングは、2011年のSEO市場規模は220億円規模となり、2014年には290億円規模へと成長すると予測している」
(http://markezine.jp/article/detail/13247  MarkeZineニュース 2011/01/2)

ベンチャーキャピタルや潜在顧客へのプレゼン的な意味合いも含まれるだろうから、それなりに水増し寄りの統計になっていてもおかしくない。それでも予想外の低い数字だ。やはり、Googleは周辺産業の育成より「中抜き」「全部取り」の方針が徹底している。


淘汰が始まったSEO業界


当社にも数年前までは、SEO対策会社さん、中小も「小」の部類のSEO会社さんからの営業電話が鳴り響き辟易していたが、いつの頃からか電話も下火となった。

もう一つの変化は、最近、かなり大きな大手SEO会社さんから電話がきたこと。当社のような中小企業に電話しなければならない状況か、と早合点するのは危険だが、ありうる話だ。

(1)市場が飽和しSEO業者の淘汰が始まっている
(2)SEO自体の価値が減少している

私の印象としては「SEO自体の価値が減少している」がSEO業界衰退の最も大きな要因で、その結果として弱小SEO業者の淘汰が進んでいるのではないかと感じている。

強いSEOコンサル企業だけが残るだろう。むしろ、SEOコンサル会社は、うれしいかもしれない。

この記事は#1
#9 巨人たちのパワーゲームに振り回されないために
#8 視聴率=テレビと同じになったインターネット
#7 過去10年間のSEOが終焉
#6 意識改革をする人としない人
#5 パーソナル検索時代の幕開け
#4 サーチプラス、Google社の方針が明確に
#3 一人勝ちを目指すGoogle
#2 機械型スコアリング・システムから人気投票に軸足を移すGoogle
#1 過去10年間のSEO風景

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  • (2012-01-22 11:18:06)

ブランド離陸、主婦の活用がカギ?
企業の「主婦は使えない」という発想は、かなり時代遅れ(2011/11/08 小平探検隊)


芸術やブランドを育成する女性達


先日の「夢の対価を快く払う日本の女性」は、芸術やブランドの育成に日本の女性が大きな役割を果たしていることを書いた。

彼らはそれだけではない。彼らは日本経済再生のカギかもしれないと感じるようになった。ブランド構築を試みる企業なら、ブランド商品を消費するだけでなく作り出す側としても有効な存在と考える。


悲惨な現実を明るく伝えるテレビ番組


数日前、テレビで『いきなり!黄金伝説 女芸人がお家でお仕事』という番組が放送されていた。チャネルを回していて偶然見入ってしまった。

・リボンシュシュ作り
・メタルシート切り取り
・アロマブロックの袋詰め
・コースター作り
・つけまつ毛のケースセッティング

どれも内職仕事。それぞれ5時間、実際にその内職をやってもらい、その成果が時給換算される内容の番組で、おおむね一人当たりの時給は200円程度。5時間で約1,000円である。


世の中にはカラクリがあると感じたあの頃


高校生のとき、新聞配達をしていた頃の自分とオーバーラップした。朝早起きして1-2時間程度働き、そのお金が学食の「うどん」一杯でなくなるという構図だった。新聞配達の代理店が搾取しているとは思わなかった。

ただ、お金を稼ぐことの難しさを知った。

さらに感じたことは、世の中には自分が知らない資金の流れの構造があると感じた。何かカラクリがあると感じた。


嘆いても仕方ない


テレビ番組は、そういう微妙な背景に迫ることなく家庭内内職の実態を明るく伝えることに終始していて好感が持てた。

時給200円は安すぎると思うが、賃金水準は、自由資本主義経済の結果、導き出された水準であり、安いからといって法律で最低賃金などを設定しても水の流れと同じで、どこかにしわ寄せが来る。

米国ではいち早く国内の産業空洞化が進んだが小手先の法律で対策してみてもマクロ的に、かえってバランスを壊す結果にもなりえる。

それよりもあの内職の主要な担い手であろう主婦層が自分の労働価値をどのように高めるか、という建設的な発想が必要かもしれない。


中小企業にシステム担当者の常駐は厳しい


ある日曜日、同業者の社長から携帯に電話が入った。仕事でオフィスにでてきたもののネットワークが動かなくて困っている、何が悪いだろうか?という趣旨だった。

その時は話を聞いているうちに自然と復旧したが、社長は今後のことも考え、トラブルのとき相談できるシステム担当者を常駐でなくコントラクトベースで置きたいので、相談に乗って欲しいと言われた。

その会社ではパソコンとソフトを一括して納入・メンテしている業者と契約している。会計ソフトなどの使い方やトラブルなどで問題があるとその業者がやってくる。

しかし、毎月高額なサポート費用を払っている上に、システムやソフトのアップグレードや勧誘がうっとうしく、休日や夜間サポートはオプション契約となる。

要は、めったに呼ばないのに、毎月数十万円のシステムサポート費用は固定費として負担が大きすぎるという不満だった。


「主婦」だから使えない?


話を聞く限り、システムのトラブル発生率は月間1回か2回。プリンタが動かないとかメールが送れないとか、そんな簡単なトラブルである。

その程度なら月額2万か3万も払えば、丁寧に対応してくる個人コンサルに心当たりがあるので「紹介しましょう」言うと、ぜひと依頼された。

後日、お会いした際、協議した。紹介しようとした人物が「主婦」であることが判明した瞬間、社長の表情から関心が引いた。話はそれきりとなった。

私は斡旋業者ではない。興味がなければムリに進める理由も動機もない。むしろその社長のためにわざわざしている話であり、梯子をはずされたようで、自分のつまらない好意を反省した。

しかし、その出来事はすごく印象に残った。

「主婦」だから使えないのだろうか?


なぜ「主婦」は使えない?


日本にはそんな発想が常識として存在しているようだ。主婦をコントラクトで採用する際、どんなデメリットがあるのか?

・主婦は働ける時間帯の制限が厳しい?
・主婦は家庭の都合でよく休む?
・主婦は子供の病気やイベントで突然休む?
・主婦はしょせん責任感をもって仕事できない?
・よって、主婦は頼れない!

こういった感じか?もはや、最後は感情的でさえある。

「主婦は頼れない」という発想が日本の経営者やボスたちには心の中にインプットされている。当社も数人の主婦にパートタイムで来てもらっており、上記上から3つの「仕事を休む」という現象は比較的よく観察される。

しかし、結論として「主婦は頼れない」という感想は抱いていない。「主婦は責任感をもって仕事ができない」も同様に共感しない。


使う側に問題はないのか?


自分のサラリーマン時代を思い出すと、運悪く私の上司たちは責任感が薄い人が多かった。どの会社に転職してもそう感じた。もちろん尊敬できる上司もいたが、そう簡単には巡り会えない。

当時は責任感の薄い上司を見て大の大人が「子供のように甘えん坊」なんだなと感じてたものである。自分の責任をかなり投げ出して部下に押しつける人々の多かったことよ。

彼らの関心は常に上を向いていた。ついでに言えば、責任を押しつけるのなら権限も譲渡すべきだが、そういう発想は薄いようだ。

(責任と権限はセットでしかるべきだろう)

これが日本のサラリーマン社会の文化か。課長が部下に対して甘えん坊なら、部長は課長に対して、取締役は部長に対して・・・そんな連鎖の連続だった。

けっきょく誰も責任はとらない。どこに責任があるのかさえも不明。組織全体が伝言ゲームのようにクラウドだ。今回の東京電力の経営陣のような感じだ。幕末の頃の幕府側もこんな感じだったのか、慶喜もさぞ無念だったろう。


責任丸投げという発想を変えれば、見方も変わる


そういう文化に染まっている人なら、時間制約の多い主婦の採用はスタートラインから毛嫌いするのも当然だ。その心理もわかる。

日本では、責任を丸々かぶってくれるような業者や社員が重宝がられる。よってよく休む主婦は「ハナから使えない」という理論になる、そして「連中はダメ」という感情になる。

しかし、採用側が責任を丸投げせず、時間制約の中で働く主婦には、決められた範囲で決められたことを正確・確実に処理してくれるだけでよいと考える場合、短時間で働く主婦の利用価値はぐんと上がる。


時間制約を柔軟に受け入れる体制


しかも世の中には時給200円の内職がごろごろしている。そんな現状があるので、時間制約を柔軟に受け入れる体制を企業側が整備すれば、時給1,000円や2,000円の仕事でも喜ばれる。

そして、かなり優秀な人材の採用も可能だ。大げさな言い方だが、日本経済再生は主婦の活用にかかっているのではなかろうか。


ブランド立ち上げ・構築の秘密兵器


ブランドを構築しようとする企業で言えば、最も困難でパワーとスタミナを要求される「ブランド離陸時」のスタミナ源として主婦が活用できるという事例を作りたい。

内職の実情が示すとおり、彼らは途上国並の低賃金で働く覚悟ができている。これは、労働力価格が極端に高い日本では、労働市場に残された数少ない宝の山。しかも、彼らにはアイデアがある。

中小企業には広告予算がない、販促費用もない、開発予算は限られている、のないないずくめ。そんな中小企業がブランドを構築するためには「アイデア」と「工夫」しかない。そういう点でも主婦は秘密兵器と思えて仕方ない。

彼らに最大限の効果を発揮してもらうためには、第一に採用側の「責任丸投げ」という発想を変革する必要がある。スタートはここから始まる。

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  • (2011-11-08 05:11:12)

スマートな検索で、ムダな時間を節約
2011/11/06 小平探検隊


上位表示争奪戦、SEO大荒れで検索疲れ


インターネット検索は生活の一部。スマートな検索能力を高めることで、よりムダのない動きが可能な時代。

しかし、ネット検索は、案外時間がかかり、目的の情報にたどり着けない場合も多い。そして、疲れる。

多くは、インターネット全体がすでに「SEO荒れ」の状態であることが原因と感じている。

商品やサービスの販売だけに余念がないビジネスマンたちと、企業ECビジネスのおこぼれを狙うアフィリエイトたちの壮絶な上位表示争奪戦の中で、必ずしも消費者が望む情報は上位に表示されない。


SEOベンダーとGoogleのバトル


薄い内容で上位表示を狙う個人や集団に対し、カフェインアップデートやパンダアップデートなどGoogleも力を尽して対策を打っているが、SEO荒れした商品では、消費者が望む情報は、むしろ後方に追いやられる現状は今後も改善する気配はない。

アフィリエイトの情報にも当然価値あるものも多数存在する。しかし、アフィリエイトさんが発信する情報は動機が動機だけに多くの場合、内容はかなり薄いか中立的とは言い難い。歯が浮くようなお囃子や提灯も少なくない。

それどころか、商業的・政治的意図を持って消費者の誘導を試みるアフィリエイトも多く、意図的に間違った情報やアンフェアな情報を流す人もいる。国家・政府レベルで人民を誘導する組織もある。バトルは終わらない。


各個人が、SEO荒れを回避できるトレーニングが必要


情報の真偽を見極め、そういう情報を回避しつつ目的に情報に辿り着く能力の育成は、今後、学校教育の中に取り入れられてもよいのではなかろうか。

具体的にどんなスキルや訓練方法が必要になるか、意見は分かれる。しかもインターネットの環境や状況がめまぐるしく変化している最中だ。

「こうすれば正しい情報に最短で行ける」というメソッドの確立は不可能だろうが、トレーニングが必要な分野になってきているように思う。

検索トレーニングの事例:名前を知らない店舗用品の検索

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  • (2011-11-04 06:06:02)

テレビ+ネットへ誘導は、黄金広告
2011/11/04 小平探検隊


「ネット検索」を文化として獲得した世代


インターネット普及以来、「検索」は日常生活の一部になった人が多い。

今時の人は、テレビを見ていて、気になったこと、わからないことは、ネットで検索という「文化」を獲得したようで、この習性は今後ますます拡大成長すると思われる。

・・・ということは、最強の広告は「テレビ+インターネットへの誘導」という図式になっていくはず。


テレビは勝者であり続ける


テレビは崩壊すると予言する人もいるが、なんかの勘違いだ。過去半世紀、唯一無二、マスコミ界の圧倒的独占体制から、独占体制が多少緩む程度の衰退だろう。

YouTubeは無限チャネル放送。無限に拡散された消費者をクラウド的に囲むことができるGoogle以外、圧倒的な勝者は生まれない。一方、テレビには勝者が集まり、勝者が生まれる媒体であり続けると予想する。


世代交代で勝者は変貌する


「テレビ+インターネットへの誘導」という構図では、そのまま人手を介さずにネット上で購入(コンバージョン)が完了するので、ビジネスとしてはもっともスマートで低コストの販売プロセスとなる。

こういう構図を目指す大企業さんのテレビCMを増えてきているが、まだまだ足りない。

「テレビ+検索」文化を獲得している現在の10代・20代が、豊富にお金を使える10年後・20年後・30年後がバトルの時代であり、激しい下克上と勝者交代が起きる時代になるのでは。

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  • (2011-11-04 05:33:29)

クールブランドが飽和市場を食い取る
ブランドは消費者にとって自己表現の一つ。語るべきストーリーがあり、周囲が認識できるほど有名であることが重要。ブランドが実需マーケットを制覇する(2011/10/30 小平探検隊)


飽和している市場さえ革命は起きる


スターバックスでこれを書いている。何度来ても、ここは自分にとって先生に思える。

スターバックスが上陸するまで日本には快適な喫茶店が無数にあった。そして、日本のコーヒーショップはまさに飽和していると思われていた。

にもかかわらずスターバックスは軽く日本のコーヒーショップ業界を覆した。その原動力は、優れた味と優れた空間の提供だけでは説明つかない。

スターバックスブランドに対する人々の支持が革命の原動力と信じる。


需要型からブランド型マーケットへ移行する市場


商売はなんでも、実需要から消費が喚起される「需要型マーケット」から始まる。しかし、マーケットが成熟しモノが行き渡ると、ブランド型マーケットに移行する。

スターバックスは自分にとってそんな事例になっている。


私のスターバックス・ブランド体験


スターバックスを初めて知ったのは、90年代のはじめころ、ニューヨークに向かうユナイテッド航空の飛行機の中だった。無料で配られたコーヒーを一口飲み目が覚めるように驚いた。

右手に握りしめた紙コップには『STARBUCKS』とあった。「スターブックス」と読んだ。スターバックスは、私にとって目が覚めるような「驚き」からスタートした。

それまで日本ではアメリカ人は味がわからない、コーヒーは泥水のようだというクズのような迷信が語られており、海外体験が少ない自分もなんとなくそんな印象を抱いていた。

だからスターバックスの味は衝撃的だった。

今から思えば、スターバックス社は米国内の地固めが一段落し海外展開を図るための戦略として空港や飛行機を利用したプロモーションに注力していた時期なのだろう(エアラインを利用するとはうまいやり方だ)。

それからわずか数年後、スターバックは日本に上陸し、急速に日本市場に浸透していった。

私の場合、スターバックスのブランド体験は味でスタートしたが、個人的には数年でスターバックスの味は評価しなくなった。

しかし、今でも通い続けている。スターバックスにはリラックスできる空間があり、ブランドの心地よさがある。

日本の喫茶店にはまったく行かなくなった。この極端な行動の理由はタバコという物理的な理由があるものの、仮に自分がタバコ愛好家だとしても、スターバックスに向かう比率は高いだろう。


「心の満足感」も商品化される時代


需要型マーケットは人類にとって基本的なマーケットである。需要型マーケットは農業と同じく実質的に富を創出し流通し消費する市場である。よい商品であれば、そこには自然発生的な満足感が伴っていた。

しかし、文明が成熟し、物資がありふれ、製品間の機能差・性能差に乏しい市場では、実質的なモノの流通でけでなく、モノにプラスされた「心の満足感」が付加された商品でなければ、消費者に満足感を届ける力は薄い。

「心の満足感」も商品化される時代とも言える。

「心の満足感」、それがブランドと解釈している。ブランドは個別の商品に付いてくるオマケではない。そこが難しい。

作り手(メーカー、マニュファクチャラー)の歴史、モノ創りに対するポリシーから商品コンセプト・商品デザイン、販売の仕方に至るまですべてプロセスやフェーズにおいて語るべきストーリーを要求される。

また、語るべきストーリーがあっても周知されていなければ、無いに等しい。つまり、知名度とストーリーは、ブランドという自動車の両輪の関係にある。


富を創り出す人間と儲ける人間が分離する時代


現代文明を見る限り、需要型マーケットは、文明の成熟や製品の完成度に伴い、必ずブランド型マーケットが優勢になる。

そして、やがてはブランドの部分だけが肥大し、ブランドは実態がなくとも分離・独立、一人歩きしはじめる。

実質的な需要型マーケットに携わることがないブランドオーナーだけが儲ける構造に移行しそうな気配だ。ヨーロッパのビッグブランドは現在、この過程に来ている。

現代資本主義では、製造業よりも金融で儲ける方が有利な時代だが、金融の中でも、さらに先物やデリバティブのように高度にバーチャルな金融が優勢になっていく構図と事情が似ている。

平和で固定化した江戸時代を体験した日本人からすれば、この図式は感覚的に理解しやすい。富める者は生産者から分離する。


ブランドのマジック


アップルもブランド市場を象徴する事例だ。コンピュータとしての利便性や汎用性・拡張性を考えれば、OSはWindowsが圧倒的に有利だろう。世界のOS市場占有率もそれを物語る。

自分の場合、WindowsとMacintoshの間で迷うことはない。開発環境やデータベースの有無を考えると、Macは最初から比較の対象にさえならない(MacにもFileMakerがあるにはあるが)。

しかし、Macintoshを選択する人は多い。Macを選択する理由はそういう比較から超越している。Macファンは「Macが好きだから」という理論になっているようだ。


輝くリンゴマーク


これを書いているテーブルの前のテーブルに30代と思える男性がやってきて、私と向かい合わせる方向で腰を下ろした。彼はおもむろにノートPCを取り出して何かの作業を始めた。ノートの天版にはリンゴマークが大きく埋め込まれており、しかも、白く輝いている。

輝くリンゴマーク。

それがアップル社のMacであることは一目瞭然である。超薄くてクールだ。私のeMachinesの野暮なノートとはあまりにも印象が違う。

あのリンゴマークが重要なのだ。多くのアップルファンにとって、あのリンゴマークが周囲に見えることが重要ではなかろうか。


モノグラムがないルイ・ヴィトンは売れない


ルイ・ヴィトンのモノグラムと似ている。多くのヴィトンファンにとって、それが、どこかの高価なバッグということより「ルヴィトンのバッグ」であることが重要であり、さらにそれが周囲に「ルイ・ヴィトン」であるこが伝わることが重要なのだ。

モノグラムのないルイ・ヴィトンのバッグや小物や靴は、それがルイ・ヴィトンであっても売れない。


好きなブランドで、ささやかな自己表現


同じように、アップルファンには、リンゴマークが周囲から楽々認識できることが重要だろう。

それは、それを所有する人間がが自分はアップル社やアップルブランドを支持するという意志表明でもあり、アップル製品を所有することとそれを周囲に示すことで小さな自己表現にもなっているのではなかろうか。

ブランドの選択は、消費者個人の信念や価値観の自己表現の場になっている。性能や機能性を超えた価値基準や価値観が生まれる現象がブランド・マジックだ。

iPhoneの発売時、何時間どころか、数日かけてアップルストアの前に並ぶ人々の心理は、その製品が早く欲しいという動機程度では説明できない。

アップル社の重要なイベントに立ち会い参加したいというアップルブランドのファンとしての心理からの行動ではないだろうか。並ぶことが自己表現と考えれば早朝から並ぶ労力もなんとなく説明できる。

新しいiPhoneが「期待ほどではない」とマーケットから酷評されても何ら関係ない。むしろ、それでも「オレたちはアップルだ」という表明こそがアップルファンの心情だ。彼らにはブランドロイヤルティを試される多少の「踏み絵」は喜びにさえなっている。ブランド・マジックのパワーを見せつけられる思いだ。

(教訓) ブランドはクールでなければならない。そして、有名でなければならない。それを選択し手にする人が自分もクールに見えることが重要なのだ。

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  • (2011-10-29 05:37:19)
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