自分史を研究する人は多くない

他人の人生を研究する研究家


歴史上に残る他人を研究する研究者なら山のようにいる。偉人達の人生自体がおもしろいし、偉人達に学びたいと願望は誰しもある。

私も天才達の伝記は好きだ。しかし、生まれつきの素質は別物だろう。ヤツらは天才、努力でどうこなるレベルでない。

また、時代も環境も違う。そんな違いだらけの人々をまねたところで、そういう人々になることはない。追いつくこともない。


結局、他人は他人


ビジネス関連だったら、ソフトバンクの孫さんやユニクロの柳井さんの本を熟読・拝読する人は多い。

しかし、読んでまねたところで、孫さんや柳井さんになることはない。よくてかすかに近づけるかもしれないという程度だろう。

そんなわけで、他人のケーススタディって、ほどほどに知っていれば参考になるが、かといって、知りすぎればムダだし、逆に有害だったりする。


自分史研究ならリアルで利益も大きい


一方、自分の歴史となると、自分自身のことだからリアルだ。

「あのとき、なぜああしたのか?」
「もし、ああしていれば!」

という後悔や反省は誰にもあると思う。このへんを深く考察して、次回、そのミスを犯さない、そのチャンスを逃さないというスキルにつなげれば、どれだけ有意義か。


現状に満足なら無理する必要はない


人は、生来保守的で本能的に変化できないようにできている。

特に安定した生活を送っている人は、大望や大きな新プランを描くより現状にしがみつきたいと感じるようDNAはプログラムされているようだ。

だから切羽詰まらないと変化できない。それが普通であり、世界でも有数の安全で豊かな現在の日本で暮らしていると、どうしたって保守的になる。


自分史は、変化を求める人の最も有益な手段


自分で変化が必要と感じない人は、現状が幸せという証であり、変化を強制することはできない。

しかし、変化したいと望む人間なら、その方法として、一番手っ取り早く、確実で、リアルな手法は、自分史を研究することではないかと思う。

だから日記が必要となる。世の中では「ライフログ」と呼ばれたりしているようだ。どんな媒体に、どんな形式で記録しても良いが、正確な事実と自分の行動・思考・感情を記録することが重要。


掛け違いの自分史研究 = 自費出版


「自分史」で検索すると自費出版ベンダーがトップに来る。アプトプットが自費出版?

自分史の本を制作し、知人や家族に配布、あわよくば販売したいという人々がいっぱいで、それらのビジネスチャンスに網を張った業者さんが多数ということか。

自費出版の本制作を最終アウトプットにしてしまうと、つまり自己満足がゴールとなる。うーん、喜劇か喜劇に見える。

ゴールは本にすることではない。まして自分史の本を他人に配布するなどズレている。


強くなるために


自分史研究のゴールは、無能な自分を反省して学び強くなること。自分史研究は手段であり、ゴールは自身の成長と強化。

努力が、自分自身に帰結して、自分史研究はじめて価値があると思う。


  • (2017-09-27 12:43:03)

AIに勝つ方法はあるのかな?

なくなる仕事


10年後、人の仕事はずいぶん少なくなるそうだ。

機械ができるからね。

今でも、多くの力仕事は、おおむね機械がやってくれる。事務作業なども単純な繰り返しなら機械にやってもらった方が、圧倒的に確実・安全・低コスト。


サポートセンターもAIで


そのうちコールセンターなど人との会話が必要なサービスでさえ、コンピューターがやれるそうだ。

コールセンターの人々の、理不尽な顧客によるストレスも解放される日が来そうだ・・・しかし、そうなれば、そもそも働いていた人は不要となるが、どうなんだろう?


雇用自体が、壊滅していく


2000年頃までは、産業の進展は雇用の創出を伴っていた。比例関係にあったのだ。

しかし、2010年頃から、IBMワトソン君や自動運転のように急激に人を代替するサービスの出現が現実味を帯び、多くの人が要らなくなることが明白になりつつある。

コンピューターなら一夜で外国語をマスターできる。数年かけてもマスターできない我ら人間と比較してどちらが有能か?

それは言語の分野の話だが、各分野ごと、人間との能力比較で、実に多くの分野で、人の無用性が確認されるだろう。


人間はAIより偉いという前提も危ない


いちおう、現状では、コンピューターは、人間より有能であっても「人間に尽くす僕」という前提で制作されることになっている。

しかし、人類が市民革命を通して無能な支配階級を倒してきたように、ある種の意思や目標を持たされたコンピューターが支配する世界では、人類の生存自体に疑問を持つ機械様達が出現しないとも限らない。

1980年代の映画『ターミネイター』はおもしろかったが、ありえないと感じた。しかし、コンピューターが人類に対して反乱を起こすという状況は充分にありうると今では感じるようになった。


現実的な話として


このような大げさな状況に至るまでには、まだいろいろステップがあるだろうが、しかし、自分の仕事がAIに奪われるという状況なら、近い将来、いろいろな場面で起こりえる。

そこでどうすれば自分は、AIより優れた行動を取りうるか?という問題も意識しないことはない。


AI対策


今のところ私の答えはこれだ:

「苦労すること」

人は、自分のカラダを使って、肉体や心の痛みを味わい、もがき、時に生死の境を漂う体験を通して、コンピューターが学習しにくい教訓やインスピレーションを得る。

昔、人々は苦労を通して人間性を研き、知識や技能を取得してきた。

現代文明は、人間を様々な苦労から解放してきた。思えば、文明の歴史とは、人の苦労の解放の歴史だった。

それが、なんのことはない、また苦労を強いられる世界が到来しようとしているのではないかと感じる。



  • (2017-09-25 17:23:48)

事務所の移転で気分刷新

荷物整理のチャンス


何がいいって、荷物整理のチャンスになる点。通常だと、こういう非生産的な作業には、モチベーションが伴わずプラン倒れになるケースが多い。

しかし、引越となれば、多かれ少なかれ強制的に整理される。せっかくのチャンスなので、充分に時間を取り、整理するようにしている。


本、ここで読むか or 廃棄か


二度と読まない本などもここで読み直すか、でなければここで廃棄するという覚悟で整理している。

結果的に毎日、一冊程度を読み直し、多くはそのまま廃棄となる。


ビジネスの新プラン?


引越にあたり、従業員と関係者に声をかけてランチを開催した。フェアウエル・ランチとでも言ったらよいのか、今までお世話になった事務所でみなさんと食事をした。

実は、この席上、今後のビジネス展開のプランや目標を話し、それについて話し合おうかと考えていた。

しかし、そんな話を始める前に日常生活の話題で盛り上がり、そのまま会食は終わった。全員が、会話を楽しんだように思うと、ビジネスの話などしなくてよかったと思う。


  • (2017-09-14 07:55:00)

生理的な限界
起業しようなんていう人間は、おそらく、仕事中毒だから、四六時中、土日も休日もなく働いているだろう。若い間はそれも可能だが、次第に体がついて行かなくなる。

私の場合、運良く人並みの健康を持って生まれ、肉体的なハンディカップはなかった。そんな自分にも時間的・体力的制約が出始めている。

現在の自分にとって、とくに顕著な問題は偏頭痛。ちょっと頑張るとその日のうちか、翌日に偏頭痛に襲われる。激しい痛みは、ときに吐き気を伴う。

頑張る・頑張ないの意志的な問題だけではなくなってきている。自分の体力の限界を心得て、時間的・体力的な余力を残したやり方をしないと、逆に損失が膨らむ。

短い時間かつ少ない労力で、いかに効率的に前進できるか、仕事の質へのこだわりも必要。



  • (2017-08-17 17:27:44)

借金に対する考え方
youtubeでキミアキさんの「借金は悪、貯金は善?」というビデオを見た。

「借金は返さなくてよいというルールができあがってしまった」とのこと。


デットエクイティスワップ


「借金は返さなくてよい」の具体的な内容は、デットエクイティスワップのこと?と誰かのコメントがあった。

不明だが、そういう話のようだ。もしくは、そういうアイデアが通る時代になったという程度の意味か。

デットエクイティスワップの考え方は、借金は資本金に組み込めばいいというもの。債権者からは「債権の株式化」、債務者からは「債務の資本化」に見えるマジック。

会社が将来再生すれば悪くないが、そんなことできるのかな?

マクロ的には、ありがちなマジックだし、まったく回収の見込みがないなら、責任問題の先送り手法として保身的な融資担当者が考えつきそう。

しかし、スモールビジネスの我々がやろうとすれば、何らかの制限や障害があるっていう話だろう。


誰でもやれるわけではないはず


そもそも同意する債権者って多くないだろう。

こういうウルトラCは、相当逼迫した状況下で、しかも独裁者のようなムリを政治的に通せる人がいて、できる話ではないか。

少なくとも、我らのような平均的な下々の民がそんな都合の良い恩恵を受けることはない。

私の場合、ビジネスのための借金は、みずほから500万借りたことがあるだけで経験がほぼなく、よくわからない。


借金に否定的なビジネス起業者は旧勢力


こういう私のような腰の引けた発想こそが、キミアキさんの言うところの今後滅ぶであろう「旧勢力」なのかもしれない。


資本需要に関して、時代が変化している


事業を興すに当たり、資本が前提という発想が、違う気もする。昔は、たしかに「起業 = 設備 = 資金」だった。

現代では、20年前にインターネット時代に突入以降、起業と資金は必ずしも相互に必要不可欠な関係ではなく「起業 = アイデアやスキル」の時代となった。

カネはあれば役立つが、必ずしも必要ない。


資金を手に入れたベンチャーの成功例は薄い


ベンチャーさんが、どこそこのVCから10億・20億引きだしたとかニュースになるが、その資本がゆえに成功したという事例は、限りなく少ないのではないか。

ミクシィみたいに。


シリコンバレーの資金需要は日本のそれとは性質が違う


ただ、シリコンバレーの場合は、資金が大きな意味を持っている。

シリコンバレーのスタートアップの場合、規模感・サイズ感・スピード感が、日本の10倍だから、カネの規模も違うし、使われ方がそもそも違う。

一気に世界制覇のためのマーケティングなどに使われる。日本のように起業のためのカネではない。その部分は自分でやってくれ、と言う話が多い気がしている。


まとめ


弱者は、つまり、我らスモールビジネス経営者は、誰も助けてくれない、デットエクイティスワップもしてもらない、そもそも借りられない、ないこと尽くめで行くしかない。




  • (2017-08-01 17:41:36)
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